
毎年この時期になると、街全体が白桃色に染まります。申し合わせたかのように同じ時期に開花するソメイヨシノの花の色で、見慣れた街が美しい別の場所のように思えるほどに。
この不思議な一斉開花の理由は、ソメイヨシノたちが文字通り「同じ木」だからだそうです。1995年の遺伝子研究で明らかになったように、日本全国のソメイヨシノは、約150年前に江戸の染井村(現在の東京都豊島区駒込)で誕生した一本の木から増やされた、同一のクローンなのだとか。オオシマザクラとエドヒガンの交配によって生まれたその一本が、接ぎ木や挿し木によって複製され、各地に植えられていったそうです。
遺伝子がまったく同じであるため、同じ環境条件—同じ街、同じ公園、同じ気候の下では、全く同じタイミングで花を咲かせるのだそうです。共通のDNAを持つ彼らだからこその反応というわけです。その結果、桜並木が一斉に満開になり、一斉に散っていくという、この世のものとは思えないような美しい連帯が生まれるのですね。
しかし、このクローン性こそが、ソメイヨシノの美しさと同時に儚さの源でもあるようです。「寿命60年」と言われる彼らは、同じ弱点も共有しているとか。つまり、特定の病害虫に対する脆さ、環境ストレスへの同一の反応を持っているわけで、一本が苦しめば、同じ環境下の全ての木が同じように苦しむ運命にあるということ。
例外もあります。青森県の弘前公園では、適切な管理のもと100年を超える長寿のソメイヨシノが咲き続けているそうです。これは人間の手が適切に入ることで、寿命を延ばせる可能性があるということ。ただし、やはり都市部の多くのソメイヨシノたちは、もっと短い生涯を生きているそうです。気候変動が進む現代、この遺伝的均一性は将来的な大きなリスクとなるかもしれないと専門家は指摘しているそうです。
それでも春が来ると、変わらず街を彩るソメイヨシノたち。その姿には、単一の個体から派生した無数のクローンが、同じ遺伝子を持つからこそ実現できる壮大な美の協奏曲があります。そんなことを考えながら見る桜は、1本見るだけで、あるいは落ちた花びらを見るだけで、日本中に繋がっているような、そして時空を超えて150年前にも繋がっているような不思議な気持ちにさせてくれます。
クローンと聞くと、命を操作しているようで怖い印象を持っていましたが、ソメイヨシノの話を知ると少し違う感慨を覚えました。彼らが揃って花を咲かせる様子は、クローンであるがゆえの運命共同体の証であり、それは最初の一輪が散れば、他の仲間たちもまもなく散り始めることの証でもあります。そこには怖いというよりは、切ないという感覚を覚えます。
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