ズミクロンという名前の、ズミルックスみたいなあいつ。 〜Leica Summicron 90mm (1st Gen) と歩く、初冬の鎌倉〜

ズミクロンと言えば、キレるレンズという印象だ。 良くも悪くも曖昧さが魅力のズミルックスに対し、「歪みがなく、見たままを克明に記録する」レンズ。特に50mmではその印象が強い。35mmでもズミルックスが「滲みや癖を楽しむ(特にオールド)」傾向があるのに対し、ズミクロンは「開放から実用的なシャープさ」を求めたレンズとしてその立ち位置を確保している。

ライカでは標準レンズから広角寄りの画角が人気なことで、どうしてもそこら辺の画角のレンズの印象が全体的な印象になってしまうのは仕方のないこと。しかし90mmは明らかに別物だ。 ズミクロンだけどいわゆるズミクロンではない。むしろズミルックス75mmの方に近い描写だと感じている。 (ただしここで言う90mmはpre-ASPH、つまりオールドレンズの話。例えば僕が使っている第一世代後期型もそう。あるいは、オールドズミクロン90mmに共通の話かもしれない。)

ここでちょっとズミクロンM 90mmのバージョンのお話をさせてください。 中古市場を眺めると、その区分けがややこしくて、保護フィルターを探すのにも間違えてしまいそうです。

「第1世代」「第2世代」「第3世代」といった呼称が広く用いられているのだけれど、この分類はレンズの光学設計の根本的な変更だけでなく、フードの形態(別体式か組込式か)やフィルター径(E48, E49, E55)といった外観上のマイナーチェンジによっても細分化されており、非常に複雑です。しばしば矛盾した使われ方をされることもあります。

この混乱を解消するため、ここではまず、世代を分ける最も本質的な差異である「光学設計の根本的な変更」を基準とし、Pre-ASPHモデルを以下の2つに大別します

  1. 第1世代(光学設計 I):5群6枚構成 (1958-1980年)
  2. 第2世代(光学設計 II):4群5枚構成 (1980-1998年)

第1世代(光学設計 I):ズミクロン 90mm f/2 「6枚玉」 (1958-1980)について

A. 光学設計と歴史的背景

1958年に登場した最初のMマウント用ズミクロン 90mm f2は、5群6枚構成(通称「6枚玉」)の光学系を採用しています。これはダブルガウス型のバリエーションであり、この基本設計は実に22年間、1980年まで変更されずに製造され続けたそうです。よって本数が多く、これがその描写の魅力にも関わらず、中古価格が抑えられている大きな理由の一つ。(もう一つの理由はデカくて重い!)

この世代のレンズは、その多くが「ライツ・カナダ(Leitz Canada)」で製造されました 。

描写特性は、現代のASPHレンズが目指す画面全域での均一的なシャープネスとは異なります 。絞り開放 f2での描写は、中心部にキリッとしたピント面を持ちながら、周辺部にかけては穏やかに描写され、非常に豊かで美しいボケ味を持つのが特徴です。これだけ聞いているとなんだかズミルックスの話みたいですね。

B. 世代内の主要バリエーション

この「6枚玉」の世代は、22年という長い製造期間の中で、主に鏡筒デザインとフードの仕様によって2つの主要なバリエーションに分けられます。

1. 前期型(通称:第1世代・フード別体型 / 1958年~)

  • 特徴:製造初期のモデルで、鏡筒はクロームメッキ仕上げの真鍮製が主体。
  • フード:着脱式の専用フード(HMOOD / 12527)を使用する「フード別体型」。
  • 絞り羽根:初期の個体には15枚という非常に多円形に近い絞り羽根を採用。(これはちょっと使ってみたくなりますね。)
  • マウント:Mマウント版と並行して、Lマウント(スクリューマウント)版も製造されました。

2. 後期型(通称:第2世代・フード組込型 / 1969年頃~)

僕の90mmはこれです。

  • 特徴:1969年頃から、鏡筒デザインが近代化。ブラッククローム仕上げのアルミニウム製鏡筒が主流となります。
  • フード:2段伸縮式の内蔵フード(ビルトインフード)を採用。
  • フィルター径:フィルターはE48。実はこれが結構厄介で、E49(49mm) や E55(55mm) といった後年の規格とは異なるため、フィルターの入手には注意が必要です。
  • 絞り羽根:この後期型では、絞り羽根は12枚に変更されています。
  • その他:鏡筒には三脚座が標準装備されています。

第2世代(光学設計 II):ズミクロン-M 90mm f/2 「5枚玉」 (1980-1998)

A. 光学設計の刷新 1980年、ライカはズミクロン 90mm f2 の光学設計を根本から刷新します。従来の5群6枚構成から、より少ないエレメントで構成された**4群5枚構成(通称「5枚玉」)へと生まれ変わりました。 第1世代(6枚玉)の重厚さから一転、大幅に軽量・コンパクト化。描写性能も近代化され、シャープネスが向上しています(絞り羽根は11枚)。

B. 世代内のバリエーションと「呼び名」の混乱 この「5枚玉」(光学設計 II)の世代は、製造時期によって「前期(E49)」と「後期(E55)」の2つに分かれます。 ここで少しややこしいのが、市場での呼び名です。光学的には同じ第2世代であるにも関わらず、後期のE55モデルを「第3世代」と呼ぶケースが多く、これが現行のAPOレンズ(本来の第3世代)を第4世代と呼ぶかどうか、という混乱の元になっています。

1. 前期型(通称:E49モデル / 1980-1981年)

  • 特徴: 1980年からわずか1〜2年しか製造されなかった希少モデルです。
  • フィルター径: E49 (49mm)
  • 重量: 約410g。歴代最軽量クラスです。
  • 市場での扱い: これを「第2世代」と呼ぶのが一般的ですが、「第1世代後期(フード組込)」を第2世代とカウントする表記も見られ、定義が揺れています。

2. 後期型(通称:E55モデル / 1982-1998年)

呼び名の注意点: ここが最大の混乱ポイントです。ショップやオークションでは、このE55モデルを「第3世代(3rd)」と表記することが非常に多いです。 もしこれを「第3世代」と呼ぶ場合、その後に続くAPOレンズ(本来の光学設計上の第3世代)は「第4世代」と呼ばれることになります。 「5枚玉のE55」を探している時は、名称だけでなく**「Pre-ASPHであるか」**を確認するのが確実です。

特徴: Pre-ASPHの最終形態であり、中古市場で最もよく見かける「5枚玉」です。

フィルター径: E55 (55mm) へと大型化。

重量: 約484g(ブラック)。前期型より少し重くなりました。

さて、前置きが長くなりましたが、久しぶりにズミクロン 90mmをつけて遠出をしました。ひょっとしたら紅葉狩りを楽しめるのではないかと鎌倉まで。

結論から言うと、紅葉狩りには少しだけ早かったようです。部分的には美しい赤に染まる葉も見られましたが。ただ、光は初冬の優しい光な上に、空気が澄んでいるので、緑に輝く葉や苔が美しく、十分に自然を堪能することができました。

北鎌倉の駅でおり、奥さんがずっと気になっていたと言うカフェで一休みしてから、浄智寺に立ち寄り、その脇道を登った先からハイキングコースに入り、源氏山を抜けて鎌倉まで。

写真は浄智寺の門前で撮ったもの。お昼頃でいつもならあまり写真は撮らない時間帯ですが、木々に囲まれたこの場所は、木漏れ日が美しく、遠くからこの山門を見た時にはその美しさに、思わず吸い寄せられて写真を撮らずにはいられませんでした。鎌倉周辺に比べれば観光客も少なく、ぽつりぽつりとくる人々が、皆この風景に吸い寄せられるように近づいては、穏やかに順番を待ち写真を撮っている姿が印象的でした。空間の静かで穏やかな空気は人々の気持ちまで穏やかにしているようでした。

北鎌倉・浄智寺
M240 / Summicron M 90mm E48

さて、90mmの描写はやはり素敵でした。シャッターを切った時は、絞り優先で露出補正を-0.7 くらいに設定しました。明暗差が大きく、光の当たる葉に合わせてかなり暗めなRAWデータになっていたものを、Lightroomでシャドウと露光量を少し持ち上げてjpgにしています。

手前の葉の緑だけでなく、奥の明るい緑も美しく輝いています。そう、輝いているのです。葉の一枚一枚が正確に描かれているとかではなく……このボケ具合こそズミクロン90mmの魅力なのだと思います。肉眼で見ている時より、奥行きを感じるほどです。

この独特なボケは、ノクティルックス 50mm f1.0やズミルックス75mmを思い出させます。僕はノクティルックス 50mm f1.0が大好きでたくさん使ってきたけれど、これはその90mmバージョンと言いたくなるくらいです。しかもずっと低価格で手に入ります。価格差と能力差のアンバランスさが大きすぎますね。細かいことを言えば、ノクティルックス 50mm f1.0やズミルックス75mm比べれば開放f2なのだから、ボケ具合はやや穏やかかも知れませんが、その穏やかさもまたこのレンズの魅力だと言えるでしょう。

実はノクティルックス 50mm f1.0やズミルックス75mm、そしてオールドズミクロンM90mmの設計者は同じワルター・マンドラー氏なのだそうです。設計の年代順は
・1958年 Summicron-M 90mm f/2 (第1世代)
・1976年 Noctilux-M 50mm f/1.0
・1980年 Summilux-M 75mm f/1.4

つまりSummicron-M 90mm f/2 (第1世代)から20年以上の月日を経て、「マンドラーが最も愛した最高傑作」であるズミルックス75mmの誕生となるわけです。僕がズミクロン 90mmを使いながらズミルックス75mmやノクティルックス50mm f1.0を思い出したのも、まんざら間違いではなかったようです。

北鎌倉・浄智寺
M240 / Summicron M 90mm E48

写真は藻が繁殖したのか水面が抹茶のように緑に染まった小さな池。こちらの写真は露光量を少し上げて、コントラストも少し上げています。

緑の紅葉(もみじ)
M240 / Summicron M 90mm E48

時間が経って忘れた頃に見たら、自分でもノクティルックスで撮ったと思ってしまいそうな1枚。
このボケなら重たいレンズを運ぶ苦労も報われそうです。

北鎌倉・紅葉
M240 / Summicron M 90mm E48

緑の写真ばかりだったので、最後は紅葉を。いつも使っている50mmに比べて、90mmは当然遠くから撮る心づもりもできているので、意外とゆったりと構えてシャッターを切っていたように思います。被写体が移動する様子を追いながら、考える時間が少しだけ多く与えられている感覚がありました。

大きくて重いこと、ヘクトール73や同じ90mmでもタンバールがあることで、出番が少なかったズミクロン 90mmでしたが、いざ持ち出してみると、やっぱり良い!もっと使ってあげればよかった。こんなに良いレンズ使わないと本当に勿体無いのです。でも、最近ではノクティルックスでさえも重たく感じるのを理由に持ち出す機会が減っている僕です。このままでは、今後も出番は少ないでしょう。そんなわけで、この度、僕の手元を離れることになりそうです。最後にこのレンズの魅力を再確認できるお散歩ができて良かったです。

ノクティルックス(noctilux)50mm f1.0の写真はこちら

ズミルックス(Summilux975mm f1.4の写真はこちら

ズミクロン(Summicron)M 90mm f2.0の他の写真はこちら

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