いつも通り、M240にズマールをつけて散歩していた朝。
開店前の店先に、ふと光が落ちているのが目に止まって、1枚。

冬の午前中の光は、やさしい。
このところ、こういう光ばかり撮っている気がする。
今日は少し良いこともあって、久しぶりの休日。
どこかへ出かけてもよかったけれど、結局は近所を歩いて、
ひっそり咲いている椿を、また1枚。

地味だなぁ、と思う。
でも、それはそれで悪くないとも思う。
ズマールが教えてくれた、カラーの余白
ズマールは、派手な写真を撮るためのレンズではないのだと思う。
その分、カラーについてゆっくり考えさせてくれる。
もしスマホみたいに、
隅から隅まできっちり写っていたら、
もう自分が触る余地がない。
でもズマールは、
「ここを少し整えてあげると良さそうだな」
という場所が、わかりやすい。
そんなことを繰り返しているうちに、
なぜか方向はどんどん地味な方へ向かっていった。
人の写真はよく見える
地味な写真ばかり見ていると、
世間で人気の、青みが印象的な写真が、やけに魅力的に見えてくる。
バキバキのデジタルは、今もあまり得意ではない。
でも、
バケペンにPORTRAを入れて撮られた、
あの透明感のある青みの写真は、やっぱりいいなと思う。
中判フィルムは、きっとハイライトにも階調にも余裕があるんだろうな、
なんて想像する。
そうなると、
M240では少し弱いかもしれない。
正直、簡単に白飛びするもんなぁ。
思い出した、年末のファイル
その時、ふと思い出した。
去年の暮れに、
SL2-Sを借りて、ノクティルックスをつけて撮った写真があったはずだ。
中判ではないけれど、
M240よりはハイライトも粘るはずだし、
F1.0なら、ボケも負けないかもしれない。
そう思って、年末のフォルダを探してみたら……
アンダー寄りの写真ばかりだった。
デジタルはアンダーで撮らないと白飛びするから、という癖が、すっかり染みついているみたいだ。
それでも、好きな1枚を現像してみる
ファイルはたくさんある。
その中から、好きな1枚を選んで、現像してみた。
このところズマールでやっていた、
カラーを抑えたレタッチを、少しだけ。

肉眼では、
一箇所だけに光が当たって、
バラがふわっと浮き上がって見える、不思議な光景だった。
写真にすると、
それをわざと作ったみたいに見えるのが、少し不満だったけれど、
抑えめのカラーにしたことで、嘘っぽさは減ったかもしれない。
ここは建物に囲まれていて、
ガラスに反射した光が、木漏れ日のようになる場所だ。
自然ではないけれど、
ある意味、とても東京らしい光だと思う。
光に引き寄せられて撮る
次の1枚も、
やはり部分的に光が当たっているのを見つけて撮った写真。

ホワイトバランスを少し暖色寄りにして、
コントラストは落としている。
撮影中は、
「ここで何撮ってるんだろう」
という視線を感じながらだったけど、
この光と影を見たら、やっぱり撮りたくなる。
それにしても、
ファイルには、バズりそうな写真が本当に1枚もない。
影の少ない写真と、奥行き
珍しく、あまり影のない写真もあった。

奥が明るくて、
レイヤーが重なって見える分、
ボケ以外でも奥行きが出ているような気がして、
勝手に満足しながら現像する。
でも、やっぱり地味だなぁ、と思う。
それでも、
何か物語の途中みたいで、嫌いじゃない。
結局、まだハイライトで勝負していない
こうして見返してみても、
結局、ハイライトで頑張っている写真は出てこなかった。
だったら、
M240でも良いのでは?
確かに、そうかもしれない。

本当は、
「少し青みを感じる、透明感のある写真」に
レタッチで整えたかった。
でも、
そういう方向性の写真が、
自分のファイルには極端に少ない。
写真は、また地味な方へ
気づけば、写真はまた地味になっている。
でも、
見る人の想像力を固定するよりは、
長く眺めていられる方がいい。
もしそこに物語があるとしたら、
それを想像するのを、邪魔しない写真。
そんなことを、
いつの間にか考えていた。
今日のところは、
答えは出ないけれど、
こんな感じで。
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