灯滅せんとして光を増す

芝公園 黄葉
M240 / Thambar-90m f2.2

 日光が弱まる秋冬になると、光合成の効率が悪くなるため、葉に含まれる葉緑体は不要となり分解されるのだそうです。その結果として、葉から緑色が消え、残った成分の色が現れて黄葉するのだとか。(紅色に染まるのはなんでだったかなぁ。)

 なるほど自然というのは実に上手くできていて、合理的な仕組みがそこにあるようです。では、なぜ黄葉や紅葉は人の心を揺らすのでしょう。それともなんとも思わない人もいるのでしょうか。

 例えば、幹も枝も葉も合わせて一つの命と考えれば、落葉は本体である木を生かすために無駄を減らす合理的な仕組みと言えます。
 一方で、葉の一枚一枚に命があると考えると、役割が終わったものたちが切り捨てられるようでちょっと悲しくもあります。また、そんな落ち葉が土に還り、次の命の養分になると思えば、命のバトンが繋がっているようで少しほっとしたりもします。

 物事はいつも多面的で、人それぞれ、見方や考え方が色々なのでしょう。
 僕の場合は、この季節はどこかロマンティックで感傷的なムードに流されやすくなり、葉が黄や紅に染まる様を見るとどうしても命の最後の輝きに思えてしまいます。

 そんな僕の気分を知ってか知らずか、タンバールは、黄色く染まった葉達の最後の命の輝きを、燃える上がる炎のように写しとってくれるのでした。

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