もしも、長年使ってきたM240から、今どきのカメラに乗り換える日が来るとしたら。
今のところ、理由は二つある。
一つは、身体の問題。
老眼と乱視が進んできて、レンジファインダーで薄いピントの山を追うのが、今よりしんどくなった時。
以前は、それだけだった。これが来たら、もう仕方がないな、と。
でも最近、もう一つ理由が増えた。
ハイライトの粘りが、気になり始めたのだ。
正直に言えば、これまではそれほど重要なことじゃなかった。
どちらかというと、仄暗い場所で、かすかな光を拾うような写真が好きだったし、
白飛びに悩まされる場面は、あまり多くなかった。
それが、フィルムの写真を見るようになってから、少し変わってきた。
あの、光が溶けていくような階調を目にするたびに、
「デジタルでやるとしたら、どこまでいけるんだろう」と考えるようになった。
例えば、バケペンで撮られた105mm f2.4の写真。
中判の余裕なのだろう、少し絞っても、十分にボケが残っている。
フルサイズで、同じようなことをやろうとすると、どうしても無理が出る。
ノクティルックスでボケを活かそうとすれば、どうしても開放付近を使うことになる。
そうなると、真っ昼間の光は厳しい。
バケペンの世界によくある、あの光に祝福されたような明るさの中で、ボケが美しい写真は撮れない。
もちろん、黄昏時になれば十分に対抗できる。
そういう時間帯の写真も、間違いなく美しい。
ただ、真昼間となると、やはり絞るしかなくなるし、
フルサイズで絞ってしまえば、いきなりボケとは無縁の写真になってしまう。
つまりハイライトに余裕のある写真となると、なかなか部が悪い。

今回、改めてSL2-Sで現像してみて、少し驚いた。
光を正面から捉えにいったカットが、思った以上に白飛びせず、粘ってくれていたからだ。
同じような場面をM240で撮っていたら、たぶん、もっと簡単に白く抜けていただろう。
ISO100を安心して使えるのも大きい。
ISO200が基本だったM240に比べれば、本当にわずかな差なのだけれど、
昼間の撮影では、その余裕が確実に効いてくる。
まだ、はっきりとした形にはなっていない。
でも、少し新しい撮り方が見えてきた気がしている。
ほんの小さな違いだけれど、そこを狙って使えるかどうかは、
自分にとっては、思っている以上に大きい。
暗闇の中で、仄かに輝く光の世界。
そして、眩い光に祝福された世界。
その両方を、無理なく行き来できたら、
写真の幅も、展示の中で並ぶ世界も、きっと広がる。
それは、とても静かで、でも確かな幸福だと思う。
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