ポケットには期限切れフィルム / CineStill 800

夕暮れの由比ヶ浜
M240 / CineStill 800 / Noctilux 50mm f1.0

「え、今から?」と言いつつも、行けば絶対に気分が良いのは分かっていた。頭の中で面倒くささと心地よさを天秤にかけて10分後には電車の中へ。鎌倉駅に着いた頃には午後4時を回っていた。
江ノ電側に出て、歩いて和田塚、由比ヶ浜と進む頃はやや早足。途中、美味しそうなモンブランが自慢のカフェやら、抹茶系のデザートやら、いくつかの魅力的なお店を見つけては、「後で来れたら来よう」なんていい加減な約束をしながら、とにかく海へ。だって、もうすぐ陽が沈むんでしまうから。僕らは海を見にここに来たのだから。

海岸が見えた頃にはもう空の色は紺色や橙色に変わり始めていた。でも、この薄暗さこそ実はありがたい。CineStill 800Tは感度が800のフィルムで、日中はなかなか出番がないのだ。この日はこの期限切れになってしまった高価なフィルムを使おうとポケットに入れてきたのだ。

このフィルムを買ったのは多分2年以上前のことで使用期限も1年以上過ぎてしまっている。どんな風に写るのか心配はあったけど、気楽な撮影だし問題ない。シャッターを切るうちに、そんなことはどうでも良くなるのも分かっていたし。フィルムで撮るときは、デジタルに比べて何倍も集中する。撮ってすぐに画面で確認できないから、「とりあえず撮ってから微調整」というわけにいかないのだ。写りを想像しながら、シャッタースピードや絞りのことはもちろん、光の向きや構図のことなど、いつもよりも丁寧に考えてからシャッターを切る。時にはワンシャッターで何円?何てことも頭をよぎる。とにかくちゃんと撮りたくなる条件が揃っている。

多分30分も海にはいなかった。フィルムも余っている。それでも、集中力を使う時間は心地よいものだった。
そんな僕の気持ちを見透かしたように「来て良かったでしょう?」と隣で奥さんが勝ち誇った空気を纏って微笑んでいた。

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